前回の記事で、
私が終活を考え始めたきっかけを書きました。
今回は、
実際にエンディングノートを書いてみて感じたことを、
正直に書こうと思います。
といっても、
立派なものではありません。
書いたのは、
ほんの数ページ。
時間にして30分もかかっていません。
それでも、
思っていた以上に気づきがありました。
書く前に思っていたこと
正直、エンディングノートには
こんなイメージを持っていました。
ちゃんと書かないと意味がない
最初から全部埋めなきゃいけない
書いたら「終活が本格的に始まる」感じがして重い
だから、
どこか身構えていたのも事実です。
でも実際は、
まったく違いました。
分かったこと①
「全部書かなくていい」と知っただけで、気持ちが楽になった
最初に気づいたのは、これです。
エンディングノートは、完成させるものじゃない。
1ページ目を書いている途中で、
「これは後でいいな」
「今は分からないな」
という項目がたくさん出てきました。
でも、
それで止まらなくていいんです。
書けるところだけ書く
分からないところは空欄でいい
そう割り切った瞬間、
終活が急に現実的になりました。
分かったこと②
「もしも」を考えると、今の優先順位が見えてくる
エンディングノートを書く中で、
自然と考えることになります。
もし明日、自分に何かあったら。
そう考えたとき、
意外と頭に浮かんだのは、
お金や財産の話よりも、
誰に連絡してほしいか
子どもはどうなるか
家族に何を伝えておきたいか
こうした人に関することでした。
普段は後回しにしているけれど、
本当は大事にしているものが
はっきりした感覚があります。
分かったこと③
「死を考える=暗い」ではなかった
これが一番意外でした。
エンディングノートを書く前は、
死を考えること=気が重くなるもの
だと思っていました。
でも実際は、
不安が言葉になる
頭の中が整理される
「今できること」に目が向く
そんな感覚の方が強かったです。
むしろ、
「ちゃんと向き合ってよかった」
と思えました。
専門職として感じた、正直な話
仕事柄、
「書いていなかったために困る家族」を
何度も見てきました。
だからこそ、
エンディングノートの重要性は
頭では分かっていました。
でも、
自分で書いてみて初めて、
ああ、これは
残される人のためだけじゃなく、
書く本人のためのものなんだ
と腑に落ちました。
今の時点で思う、エンディングノートの位置づけ
今の私にとって、
エンディングノートはこういう存在です。
終活のゴールではない
でも、最初の一歩としては十分
完璧じゃなくていい
何度書き直してもいい
「とりあえず1ページ」
これで、本当に十分だと思います。
これからやろうと思っていること
エンディングノートを書いたことで、
次にやるべきことが
少しずつ見えてきました。
もしものとき、家族はどこで困るのか
物や情報は、どう整理しておくべきか
専門家に任せる部分と、自分でできる部分
次回は、
「終活って、何から手をつければいいのか」
について、
私なりに整理して書いてみようと思います。
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